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短期間で何度も回転させ、目からウロコを落とす

ボリュームのある科目を勉強するときには、自分に合った「分量が少なくて理解しやすい入門書」を、何度も回転させましょう。「回転させる」とは、繰り遥して読むことです。分量の少ない入門書を、最低でも3回、できれば1週間以内を目処にして読んでみましょう。わからないところは、すっ飛ばして構いません。短期間で3回読めば、最初すっ飛ばしたわからない部分も、ほとんどの場合、理解できるようになります。そして、その科目の全体像を、おぼろげながらでも頭に叩き込むことができるのです。ともかく、「分量の少ない本を、わからない部分は気にせず、何度も何度も回転させることを第1に考えましょう。ただしこの場合、「同じ入門書を何度も回転させる方法」と、「同じレベルの複数の入門書を何冊か読む方法」の2種類があります。どちらを採るかは、分野や各人の好みによりますが、入門書が豊富にある分野ならば、後者の方法、すなわちどんどん別の本を読んでいく方が効果的なことが多いでしょう。よほど優れた入門書でない限り、1冊の本に完璧を求めることは無理があります。著者によって、得意分野と不得意分野があるため、読む側にとっても、しっかり理解できる部分とあまり理解できない部分が生じてくるのはやむを得ないのです。ですから、同じ科目でも、最初に読んだ本ではまったく理解できなかった部分が、別の本を読むと、まさに「目からウロコが落ちるように」簡単に理解できることがあります。ですから、分量の少ない入門書を、せめて3冊くらいは、わからないところを飛ばしながらで構いませんので、どんどん読んでいきましょう。「読んで理解できない部分が入門書にあれば、それは著者が悪い」というのが私か得た経験則です。理解できなくても、まったく気にする必要はありません。このような最初の「高速回転読書」が、後になって絶大な威力を発揮します。

子どもの学力の二極分化と学習塾

21世紀の学習塾も二極分化するであろう。一部の進学に有利な私立中学や高校に行くための進学塾と、内申書を重視し中堅校をねらうために行く総合塾や補習塾に分極すると思われる。後者には、あまり勉強が好きではないが、とりあえず高校には行っておこうというグループが含まれる。低学力のグループは、高校の卒業資格だけは取っておきたいと考えている生徒が多い。そのため、底辺校といわれる高校での授業は、現在よりもさらにレベルがダウンし、学力不足のため高校を中退する者が増加することも予想される。このような社会になると、中学卒業や高校卒業にふさわしい学力を身につけさせようとする親が出てくる。また、そう考える子どもも多くなるに違いない。受験という動機ではなく、学校(中学・高校だけでなく大学も含める)の授業についていけるだけの学力を身につけようとする考えが広まるのではないだろうか。広い意味での資格、中学卒、高校卒といった)を取得しようという考えといってもよい。21世紀はジョブ・ソサエティであるが、そういう社会で、塾は資格を取得するための機関の役割を担うようになるに違いない。

高校や大学受験の時まで待つべき

子供は一般的に、高校一年の終わりぐらいから、親の言うことを聞かなくなるものです。自我意識を持つ年代になるからです。逆の言い方をすれば、それまでは、親の意見や励ましに従いますので、特に受験では「高校受験までは放任せず、親も積極的に干渉すべきだ」というのが私の考えです。もっと極論すると、受験の低年齢化か進む中で、幼児期のしつけ、教育が重要になってきます。三歳までに「わがままは通らない」という厳しいしつけ教育を受けた子供は、概して素直です。親や先生の言うことを素直に聞いて、真面目に勉強するので、私の知る限りでは、名門校にすんなり合格しています。ですから、幼児期に「しつけ」のタイミングを外し、わがままに育った子供を「勉強しなさい」と、口を酸っぱくして言っても、聞く耳を持たないはずです。親が名門私立を受験させても結果は、受験を放棄するか失敗している場合が多いはずです。このようなケースが、周囲から見ていても痛々しく感じられます。義務教育の段階では、このような状態を察したときは無理に受験を強いず、本人が「ぜひ受験をしたい」と思う、高校や大学受験の時まで待つべきです。