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戦後のファッション

「戦後のファッションはディオールとサンローランによって築かれた」といわれるほど、ディオールは次々に新しいラインを発表してきた。女性らしさを大事にしてきたディオールのデザインは、ディオール没後も、サンローラン、ボアン、フェレがその意志を継いできた。しかし、ガリアーノが就任してからは、彼の過剰な演出癖が前面に出過ぎて、上品なディオールらしさが減っているとの批評も。洋服の歴史を変えてきたディオールだが、日本での評価は服ではなく、圧倒的に化粧品類に集中している。80年代にピンクの□紅、そして90年代にはスヴェルト(スリミンク剤)が大ブーム。数年前、海外旅行のお土産といえば、スヴェルトであった。なお日本のヴィンテージ古着屋ではモノグラムがバカ売れ。新しいディオールは恥かしいけど、ヴィンテージならOKという本物志向の若い子が買いあさっている。

ソフトが価値を生む消費財

ファッションは機械や食品などと異なり、機能や品質というより素材やデザインなどのソフトが価値を生む消費財であり、価値を創造するソフトセクションが仕事をリードすることが多い。中核に位置するアパレル産業がこの役割を担うことが多く、デザインはもとより、的確な素材から的確な製造、的確な販売方法まで、アパレルメーカーを中心にビジネスが構築される。素材産業は、ファッションを作る素材を生産・供給する。綿花、ウールなどの原料そのものの提供、糸を紡ぐ紡績、糸や生地を染める染色、生地を織る製織、ニットを編む製編などがこの分野。つまり生地(テキスタイル)になるまでの工程を担う。テキスタイルを企画し、生産あるいは加工し、アパレルメーカーの計画に基づいて商品の供給を行う生地問屋も、ここに含まれる。衣料品は百貨店売上局の4割アパレルメーカーは通常、商品を企画して、縫製や編立工場に発注して製品を作り、小売業に卸す。

詰め物がファッションの潮流から消える

ジャーキンは毛皮ではなく、金糸刺繍をほどこした天慾絨で縁取りしている。ちなみにヘンリー8世とフランソワー世が敵対したカール5世の肖像は、ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノが描いている。やはりタブレットにジャーキンを羽織るといういでたちだ。権威を表現するものとしての衣裳は、ときに人体の原型から大きく逸脱して誇張と変型を繰り広げる。とりわけこの時代の紳士の装いは、肩幅を極端に肥大させ、全体として四角いフォルムをつくることに腐心していた。ヘンリー8世、フランソワー世、そしてカール5世の肖像画を眺めると、さらにいくつかの共通点を見出すことができる。たとえば表面の布に切れ目があり、そこから下の布地が意図的に店出されている。このスラッシュという技法は、1477年にはじまったとされる。ブルゴーニュ公との闘いに勝利したスイス兵が、ブルゴーニュ側か残していった旗や天幕で自分たちの服につぎを当てた。これがドイツの俯兵たちを通して流行し、やがて王室にまでいたる。切れ目が多いということはそれだけ下着の布の見せる分量も増えるわけで、つまりはじかさの証明となっていくのだ。もうひとつの共通点はゴッドピースだ。ゴッドピースとは男性器を強調するデザインで、一種のペニスケースのようになっている。オー・ドーショース(半ズボン)の股問に、詰め物で膨らませて形成する。マッチョイズム=男性性の誇張であると同時にこれはポケットとしても機能していたようで、ある君主はいつもそこにキャンディを入れていたという記録がある。こうした詰め物がファッションの潮流から消えるのは、17世紀になってからのことだ。